【 可愛いとカッコいい 】
なずなは休み時間を利用して今期の総会用資料に目を通していた。
忙しい生徒会の仕事にも慣れてはきたものの、こうした時間を有効活用しなければ後に自分が大変な目に合うのは分かっている。
そのため、少しでも進めておきたいところなのだけれど、これは声を掛けた方がいいかしら?
壊れた機械のような不気味な音がかれこれ三分は聞こえてきている。
前の席から聞こえるうーん、うーん、と唸る声になずなは諦めてペンを置いた。
「涼音、何悩んでるの?」
「なずなー・・・」
情けない声を上げながらやっぱり情けない顔で振り返ったのは同じクラスの宮下涼音。
なずなの親友であり野球部のマネージャーの涼音は活路を見出さんと、なずなの総会資料の上に遠慮なくノートを広げた。なずなの都合はお構いなしの様子を見るに、どうやら相当切羽詰っているらしい。
総会の進行チェックはおあずけね。
心底困っている涼音の顔を見てなずなは溜め息を吐いて置かれたノートに視線を落とした。
ランニング、筋トレ、バッティング……ってこれは。
「練習メニュー?」
「そう。大河が榛名に刺激されちゃって、また練習メニューの改善するって言い出したの」
だけど、これ以上どこを改善していいか分かんないよーと涼音はノートの上でベシャリと潰れた。厳しくは出来るけど、どこから無茶なのか判断付かないって所らしい。
珍しく授業中に何か真剣にやってると思えば、これを考えていたようだ。
そこまで打ち込める涼音がとても羨ましく、微笑ましい。
でも、こればっかりは私もお手上げだ。
「助けてあげたいけど、私も役に立てそうにないからなぁ」
「ううん。聞いてくれてありがと」
「なら、とりあえず涼音なりに練習メニューを組んでみて、榛名くんに相談してみたら?」
思い付きで言ってみたものの、これは良い考えな気がした。
榛名くんの名前が出るってことは、それなりに詳しいのだろうし。
なずながニコリと提案すると、涼音は何かを考え込んだ後にジーッとなずなの顔を見た。
流石のなずなもそのあからさまな視線にたじろいだが、涼音はようやく頷いてそうすると言った。
「ねぇ、なずな。昼休みまでにメニュー軽く組んでみるから、これ榛名に渡しておかしなトコないか聞いておいてくれない?」
「え?」
「多分、お昼を榛名と食べることになるだろうけど、なずなにしか頼めないのよー。私、昼休みは監督に呼ばれてるし」
パチンと手を合わせて可愛くお願い!という涼音になずなはしばらくは逡巡した。野球に詳しくない上し、榛名の貴重なお昼休みを奪うのは何だか気が退けた。そんななずなの気持ちを察してか、涼音はスマホを取り出して物凄いスピードで何かを打ち始めた。すぐさま震えた画面を見てニッコリすると、なずなに堂々と見せた。
<全受信 ˄˅
………………………………
差出人:榛名 元希>
宛先:宮下 涼音>
………………………………
Re:
20XX年6月X日 10:36
………………………………
絶対行きますっ!
………………………………
それは榛名からの返信だった。涼音のあまりに素早い行動になずなは苦笑した。まさかほんの数分で約束を取り付けてくるとは思わなかった。昼休憩を潰してまで一緒にメニューを考えてあげようだなんて余程涼音が好きなのだなとなずなは思っていた。
周囲がこれだけお膳立てしても鈍いなずなは未だに榛名は涼音が好きなのだと思い込んでいた。
大河と涼音が付き合っていることを知り失恋した榛名ではあるが、今もひっそりと涼音を想っているという壮大な妄想を繰り広げている。本人達が知ればとんでもないと怒られそうな話であるが、なずなが口にしないため知る由もない。
絶対行くだなんて涼音が来ると勘違いしてなきゃいいんだけど。
そんな呑気なことを考えているなずなを余所に、スマホを押し付けお願いする涼音に結局折れるしかなかった。休み時間独特の喧騒の中にマネージャーの喜ぶ声が響いた。
***
昼休みのチャイムが鳴ると同時に涼音は鞄を持ってすぐに教室を飛び出して行った。これはノロノロしていると勢い余った榛名が今にも飛び込んで来そうなためだが、なずなは監督の話が急ぎの話だったのだろうと一人頓珍漢な納得をしていた。
涼音のあまりの素早さに教室にいた皆が目を瞬かせていたが、なずなも我に返るとすぐに準備を始めた。預かったノートを手に立ち上がると、すぐに廊下が騒がしくなった。
あ、多分、榛名くんだ。
榛名が三年の階に来ると、やっぱり珍しいからか女子の嬉しそうな声が上がる。野球部のエースは非常にモテるのだ。教室を覗き込んだ榛名がニコッと笑ったので、なずなは慌ててお昼ご飯を掴んで教室を出た。
「ごめんね、貴重なお昼休みに呼び出して」
「いえ。野球部のことなのに都筑先輩こそ迷惑なんじゃないっスか?」
なずなが首をフルフルと振ると榛名はホッとしたように笑った。その人好きのする笑顔を見ていてなずなは首を傾げる。野球部員や友達が、榛名は我儘でオレ様でとんでもなく口の悪い野球馬鹿だと言っていたのが不思議でならないのだ。
私はそんな所を見たことがないから、皆で私を担ごうとしてるんじゃないのかな……。
そのことを言うと、皆必ず「都筑だからな」と呆れるように言われるのだ。
未だにその意味は分からないけど、こんな風に笑う榛名くんは可愛いと思う。
途中、自販機に寄り道してから二人は中庭のベンチに座ってお昼を広げた。
なずなの今日のお昼はぷちメロンパンとフレンチトースト、苺ミルクだ。
「どこかおかしい所ある?」
焼きそばパンに齧り付きながら真剣な眼差しでノートを見下ろす榛名。その横顔を見てまた不思議な感覚に陥る。まるでさっきまでと別人のような顔をしていて驚く。いつもニコニコして声を掛けてくる後輩は、スポーツ選手の顔をしていた。
何だろうこれ、変な感じ……。
「ここなんスけど、これはあんまよくないですね」
「どうして?」
「腰に負担が掛かるんで、やり方を変えて違うトレーニング法にしたらいいかと」
なずなに詳しいことはよく分からなかったが、教えられたことを聞き逃さぬように真剣に言われたことをメモした。野球には全く明るくなかったが、こんな風に丁寧に教えてくれる榛名が新鮮で何だか楽しかった。身振り手振りをつけていろいろ説明してくれる後輩の姿に相槌を打っていると、これくらいスかねと榛名は元気よくノートから顔を上げた。すると途端に顔を赤くして慌てて離れた。どうやら集中しすぎたあまり、近付きすぎていたらしい。
「うわっ! すいません!」
「え? あ、ゴメンね、近すぎたかな」
身体を仰け反りすぎてバサリと彼の膝から落ちたノートを拾い上げてなずなは苦笑する。
オタオタとしている榛名はなずなの知るいつもの榛名で、さっきまでの表情とのギャップに思わず噴き出してしまった。
「え? 都筑先輩?!」
「ふふ、ごめんね。さっきまであんなだったのに、今はいつもの榛名くんだからつい」
「あんなってどんなんだったんスか、オレ」
目尻に浮んだ涙を拭って視線を上げれば、少し膨れた榛名が目に入る。どんなって言われると困るけれど、野球の話をしている榛名はすごく真剣で真っ直ぐな目をしていた。その力強さはなずなをドキリとさせる何かを感じた。
これを言葉にするなら、そう……。
「カッコいい、かな?」
「…………っ」
いつもが可愛い後輩なら、さっきのはカッコいい野球選手だった。なずなの不意打ちの褒め言葉に、榛名は大きな手ですぐさま口元を隠したが、真っ赤な顔は隠せていない。
そんな榛名を見て今は可愛い方だとなずなは笑った。
でもどうせならまたカッコいい榛名くんも見たいな……。
無意識にそんなことを考えていたなずなだったが、予鈴の音と共に思考を切って立ちあがった。
「じゃあこのメニューで強くなった野球部の応援に今度行かせてね」
「え、都筑先輩、試合見に来てくれるんスか?!」
「うん。楽しみにしてる」
「やった! 恥かしくないように超鍛えときますっ!!」
有意義な昼休みを終え、すごく楽しそうな二人は並んで校舎へと戻って行った。
後日談。
「おい、榛名! このメニューキツすぎないか?!」
「うっさい! これぐらいやらなきゃ都筑先輩に鍛えた所見せられないでしょうが!!」
「お前完全にそれ私情挟んでんじゃねぇか! 負担のないメニューどこ行った?!」
「というか先輩にうっさいってなんだ!」
「おい、誰か生徒会長呼んで来い! こいつどうにかしろ!」
「はぁ?! 抜け駆けする気ですか?!」
「違うわボケ! このままじゃ筋肉はち切れる! 」
end.
いかがでしたでしょうか。私は楽しかった!笑
肉付けしたつもりが思いの外、書きこんで別物になった。笑
これも夏の思い出☆笑